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ジャズが流れる小さなカフェ
昨日、小さなカフェに行った。大通りから住宅街に入ったところにある、自己主張の強くないカフェだ。そのカフェの存在は1年以上前から知っていたが、正直なところ、私は忘れていた。
ところが、昨日はいっしょに歩いていた夫が「こっちの道、歩いていい?」と言い、近道したいのかなと思ってついていくと、そのカフェの前に出たのである。「入る?」ときかれて、「うん、うん」と答えたのは言うまでもない。
入口はガラガラっと開けるガラス戸で、そこから小さなカフェの世界観が始まる。古い建物を改装した室内は、アンティークのテーブルやソファー、チェアにマッチしていて決して広くはないけれど、居心地のいい感じ。ストーブで温まった空気が、膝掛け無用のぬくもりで包んでくれる。
私たちは独りがけのソファーに向かい合わせで座り、メニューを広げた。すると、細やかに考案されたドリンクメニューが何ページ分もあって、選ぶところから楽しい気分に。私はオレンジピールとハーブ(グローブだったかな、曖昧)でいれたオレンジスパイスティーを注文した。
オレンジスパイスティーは、ポットとティーカップ、ティーストレーナーがシルバーのトレイにセットされて運ばれてきた。一口飲んで、フルーティーな味わいに感動。オレンジピールが効いている。
音楽はボーカル入りのジャズが流れていて、音質が良かった。以前、カフェにはボーカルのないインストのほうが合うのではないかと思っていたが、このカフェでは古いジャズのボーカルがクリアに聞こえて、本来のテンポの面白さが際立ち、「いいなぁ」と文句ナシに思えた。コーヒー豆を挽く音もジャズにマッチする。
私たちよりも先にいたお客さんは、ノートと書籍を広げて一心不乱に書きものをしていた男性だった。外見は今どきの若い人なのだが、その行動はまるで京都のカフェ(進々堂)の客人のようで、「このカフェって、客層もいい感じ」と店の評価アップに作用。確かに本を読んだり、物を書いたりするのに、好適な環境かもしれない。
また、日曜日の午後に歩いて行きたいカフェだ。名前は、CAFE IL GATTOという。
ところが、昨日はいっしょに歩いていた夫が「こっちの道、歩いていい?」と言い、近道したいのかなと思ってついていくと、そのカフェの前に出たのである。「入る?」ときかれて、「うん、うん」と答えたのは言うまでもない。
入口はガラガラっと開けるガラス戸で、そこから小さなカフェの世界観が始まる。古い建物を改装した室内は、アンティークのテーブルやソファー、チェアにマッチしていて決して広くはないけれど、居心地のいい感じ。ストーブで温まった空気が、膝掛け無用のぬくもりで包んでくれる。
私たちは独りがけのソファーに向かい合わせで座り、メニューを広げた。すると、細やかに考案されたドリンクメニューが何ページ分もあって、選ぶところから楽しい気分に。私はオレンジピールとハーブ(グローブだったかな、曖昧)でいれたオレンジスパイスティーを注文した。
オレンジスパイスティーは、ポットとティーカップ、ティーストレーナーがシルバーのトレイにセットされて運ばれてきた。一口飲んで、フルーティーな味わいに感動。オレンジピールが効いている。
音楽はボーカル入りのジャズが流れていて、音質が良かった。以前、カフェにはボーカルのないインストのほうが合うのではないかと思っていたが、このカフェでは古いジャズのボーカルがクリアに聞こえて、本来のテンポの面白さが際立ち、「いいなぁ」と文句ナシに思えた。コーヒー豆を挽く音もジャズにマッチする。
私たちよりも先にいたお客さんは、ノートと書籍を広げて一心不乱に書きものをしていた男性だった。外見は今どきの若い人なのだが、その行動はまるで京都のカフェ(進々堂)の客人のようで、「このカフェって、客層もいい感じ」と店の評価アップに作用。確かに本を読んだり、物を書いたりするのに、好適な環境かもしれない。
また、日曜日の午後に歩いて行きたいカフェだ。名前は、CAFE IL GATTOという。
2010-02-08 23:30
「反対」ではなく、「最適」を生み出すために
先日、メディエーターの田中圭子さんに会った。
田中さんとは南山大学人間関係研究センターの講座で何度かご一緒したことがあり、今もその中の一つの講座参加者が自主的につくったメーリングリストでご一緒している。
田中さんと話していて、多くの話題が上がったけれど、お互い話が合ったのは「反対するだけの運動はやりたくない」ということ。田中さんが行っているメディエーションは、調停のような話し合いによる紛争の解決手法であり、第三者であるメディエーターを交えて納得のいくまで話し合う機会を提供するものだ。そして、私が行っているラボラトリー方式の体験学習は、学校教育や人材育成、あるいは組織開発等に用いて、対象者の関係の変化・成長を促すものである。どちらも、現状を変える手法には違いない。
ただ、現状を変えたいからといって、例えば紛争に反対するとか、コミュニケーション不全に反対するといった一方的な意思表明には、可能性も魅力もあまり感じない。そうではなく、やっぱり双方向で話し合うことにより、何らかの気づきや理解を得て、当事者自身が変わっていくことや新しい何か(考え方・解釈も含む)が生まれることを大切にしたいと思う。
「若い頃の学生時代は、世の中には男女差別が横行してるのに、教室の中で体験学習なんかやってていいのか!と思って、社会学やフェミニズムに熱中したけど、実際に社会に出て経験を積んでみると、それ以前に“今ここ”で相手ときちんと向かい合える人なのか、はたまた上から目線の人なのかという部分で、対等な関係が構築できるかどうかが決まるんだとわかった。だから、今はラボラトリー方式の体験学習に出会ってよかったと思う」と私が話したところ、田中さんも「んー、私も消費者運動とか、ちょっと関われない」とポツリ。
世の中には、良くないと思うことがたくさんある。でも、それに反対するだけでなく、だったらどうすればいいのか、どうなればいいのかを探っていくことが欠かせない。結局のところ、対話を通じてどうすればいいか、どうなればいいかを探り続けることで、その時々の状況に応じた「最適」が生まれるのだと思う。
ここまで書いてきて、これは社会構成主義の原理に他ならないことに気づいた。メディエーションもラボラトリー方式の体験学習も、その場で望まれているのはどのようなことなのか、どのような行動や態度をとれば、お互いに望ましい未来を構築できるのかを知るために有効な手法だから、きっと惹かれるのだろう。
田中さんとは南山大学人間関係研究センターの講座で何度かご一緒したことがあり、今もその中の一つの講座参加者が自主的につくったメーリングリストでご一緒している。
田中さんと話していて、多くの話題が上がったけれど、お互い話が合ったのは「反対するだけの運動はやりたくない」ということ。田中さんが行っているメディエーションは、調停のような話し合いによる紛争の解決手法であり、第三者であるメディエーターを交えて納得のいくまで話し合う機会を提供するものだ。そして、私が行っているラボラトリー方式の体験学習は、学校教育や人材育成、あるいは組織開発等に用いて、対象者の関係の変化・成長を促すものである。どちらも、現状を変える手法には違いない。
ただ、現状を変えたいからといって、例えば紛争に反対するとか、コミュニケーション不全に反対するといった一方的な意思表明には、可能性も魅力もあまり感じない。そうではなく、やっぱり双方向で話し合うことにより、何らかの気づきや理解を得て、当事者自身が変わっていくことや新しい何か(考え方・解釈も含む)が生まれることを大切にしたいと思う。
「若い頃の学生時代は、世の中には男女差別が横行してるのに、教室の中で体験学習なんかやってていいのか!と思って、社会学やフェミニズムに熱中したけど、実際に社会に出て経験を積んでみると、それ以前に“今ここ”で相手ときちんと向かい合える人なのか、はたまた上から目線の人なのかという部分で、対等な関係が構築できるかどうかが決まるんだとわかった。だから、今はラボラトリー方式の体験学習に出会ってよかったと思う」と私が話したところ、田中さんも「んー、私も消費者運動とか、ちょっと関われない」とポツリ。
世の中には、良くないと思うことがたくさんある。でも、それに反対するだけでなく、だったらどうすればいいのか、どうなればいいのかを探っていくことが欠かせない。結局のところ、対話を通じてどうすればいいか、どうなればいいかを探り続けることで、その時々の状況に応じた「最適」が生まれるのだと思う。
ここまで書いてきて、これは社会構成主義の原理に他ならないことに気づいた。メディエーションもラボラトリー方式の体験学習も、その場で望まれているのはどのようなことなのか、どのような行動や態度をとれば、お互いに望ましい未来を構築できるのかを知るために有効な手法だから、きっと惹かれるのだろう。
2010-02-07 02:39
「ブロセス・コンサルテーション」のマインドマップは・・・
最近、日本体験学習研究所(JIEL)のHPがリニューアルされ、所長である津村先生のブログ「プロセス・エデュケーション」が「所長のつぶやき」としてリンクされた。
ここ数日は、組織開発ラボラトリーのファシリテーターであるReddyさんの考え方・知見と、「プロセス・コンサルテーション」のScheinの持論を対比して紹介する記事がエントリーされているので、私も毎日、読者としてアクセスしている(+「研究員のブログ」に時々書き込み♪)。
その津村先生のブログに昨日、先生自身が作成した「プロセス・コンサルテーション」第1章のマインドマップが載っていたので、私も一念発起。一昨日、困難の壁にぶつかったマインドマップを仕上げた。

▲プロセス・コンサルテーション E. H. シャイン 訳・稲葉元吉・尾川丈一
2002 白桃書房 ・・・の第一章をマインドマップ化
私の場合、マインドマップにしようとすると最低2回は読むことになるので、自分の中に本の内容が残っていく実感はある。ただ、完成したマインドマップを見ると「これでいいのかな」という素直なとまどいが・・・。
Scheinの主張は共感的に理解しているつもりなのだが、マインドマップにしてみると、表現上の妥協点(ex.「こことここは関連が強いんだけど、ブランチを伸ばすと文字がつぶれるから、まぁいいか」)がいくつもあり、満足できない自分がいる。
しかし、そんなことにこだわっていると時間がなくなってしまうので(笑)、あまりこだわらないことにする。
ここ数日は、組織開発ラボラトリーのファシリテーターであるReddyさんの考え方・知見と、「プロセス・コンサルテーション」のScheinの持論を対比して紹介する記事がエントリーされているので、私も毎日、読者としてアクセスしている(+「研究員のブログ」に時々書き込み♪)。
その津村先生のブログに昨日、先生自身が作成した「プロセス・コンサルテーション」第1章のマインドマップが載っていたので、私も一念発起。一昨日、困難の壁にぶつかったマインドマップを仕上げた。

▲プロセス・コンサルテーション E. H. シャイン 訳・稲葉元吉・尾川丈一
2002 白桃書房 ・・・の第一章をマインドマップ化
私の場合、マインドマップにしようとすると最低2回は読むことになるので、自分の中に本の内容が残っていく実感はある。ただ、完成したマインドマップを見ると「これでいいのかな」という素直なとまどいが・・・。
Scheinの主張は共感的に理解しているつもりなのだが、マインドマップにしてみると、表現上の妥協点(ex.「こことここは関連が強いんだけど、ブランチを伸ばすと文字がつぶれるから、まぁいいか」)がいくつもあり、満足できない自分がいる。
しかし、そんなことにこだわっていると時間がなくなってしまうので(笑)、あまりこだわらないことにする。
2010-02-05 22:51
マインドマップの難しさに直面
先月半ばくらいに、南山大学の心理人間学科、津村先生が担当する「グループアプローチ」の授業見学に行った。
その授業は2コマ続きで、このブログにも書いたE. H. シャインの「プロセス・コンサルテーション」を講読しており、学生は毎週、章ごとにマインドマップにまとめてきていた。そして、毎回担当の学生は自分のマインドマップをもとに、その週の章の内容をプレゼンテーションし、みんなでディスカッションした後、本の内容に応じて作成したオリジナル実習を全員で体験していたという。驚きの充実ぶりである。
見学に行ったときは最終回の授業で、教室内には受講生のみなさんが作成した「プロセス・コンサルテーション」各章のマインドマップが掲示されていた。同じ文献でも、読み手によってマインドマップはかなり違って面白い。
それを見て「グループ・アプローチ」という授業の魅力がわかっただけでなく、「やっぱり私も“プロセス・コンサルテーション”を読もう」と思った。長年、本棚に置きっ放しの一冊だったが、読み始めてみると、今の自分にとってはキャッチーな内容だったので、そこまでは良かった。・・・ただ、それだけでは終らず、「どうせ読むなら、私もマインドマップをつくってみよう」と思ったのだ。
今日、第一章の内容をマインドマップにしようとして、これが大変な作業だということに気づいた。無雑作に描いていくと紙がいっぱいになってしまう・・・。
なぜ、あの授業の学生さんたちは、あんなにシンプルにまとめていたのだろう・・・。
描き直さなければ完成できない・・・。
安易に「私も“プロセス・コンサルテーション”をマインドマップにしよう」と思ったことを反省。担当の津村先生が最終回を公開授業にし、何名もの方々が見学に来ていただけに、大変な取り組みだったことがやってみてよくわかった。
この作業を続けられるかどうかわからない・・・。
が、とりあえず「今はあきらめず、時間を見つけてトライしていこう」と思う。やらなければ、できるようにはならないし。
その授業は2コマ続きで、このブログにも書いたE. H. シャインの「プロセス・コンサルテーション」を講読しており、学生は毎週、章ごとにマインドマップにまとめてきていた。そして、毎回担当の学生は自分のマインドマップをもとに、その週の章の内容をプレゼンテーションし、みんなでディスカッションした後、本の内容に応じて作成したオリジナル実習を全員で体験していたという。驚きの充実ぶりである。
見学に行ったときは最終回の授業で、教室内には受講生のみなさんが作成した「プロセス・コンサルテーション」各章のマインドマップが掲示されていた。同じ文献でも、読み手によってマインドマップはかなり違って面白い。
それを見て「グループ・アプローチ」という授業の魅力がわかっただけでなく、「やっぱり私も“プロセス・コンサルテーション”を読もう」と思った。長年、本棚に置きっ放しの一冊だったが、読み始めてみると、今の自分にとってはキャッチーな内容だったので、そこまでは良かった。・・・ただ、それだけでは終らず、「どうせ読むなら、私もマインドマップをつくってみよう」と思ったのだ。
今日、第一章の内容をマインドマップにしようとして、これが大変な作業だということに気づいた。無雑作に描いていくと紙がいっぱいになってしまう・・・。
なぜ、あの授業の学生さんたちは、あんなにシンプルにまとめていたのだろう・・・。
描き直さなければ完成できない・・・。
安易に「私も“プロセス・コンサルテーション”をマインドマップにしよう」と思ったことを反省。担当の津村先生が最終回を公開授業にし、何名もの方々が見学に来ていただけに、大変な取り組みだったことがやってみてよくわかった。
この作業を続けられるかどうかわからない・・・。
が、とりあえず「今はあきらめず、時間を見つけてトライしていこう」と思う。やらなければ、できるようにはならないし。
2010-02-03 22:16
鬼は外、福は内
1月末に私にとっては大変な出来事があった。ある朝、暮らしのパートナーである夫が倒れていたのだ。さまざまな検査の結果、幸い大事には至らず、彼はもう日常生活に戻っている。けれど、その出来事を通じて、自分たちにそういう事態が訪れても不思議ではないことをつくづく実感させられた。今、生きていて活動しているということは、それだけで幸せなことだと思う。
その日は日本体験学習研究所(http://www.jiel.jp/)の仕事で、ある中学校の入学説明会へ伺い、新入生の保護者の方々を対象に、「ラボラトリー方式の体験学習」を用いたファシリテーションを行う予定だった。しかし、前出の緊急事態に陥ってしまい、やむを得ず、一昨年同校で同様のファシリテーションを行った研究員に急遽代わってもらった。その研究員にも大きな負担をかけたと思うが、快く引き受けてくれて本当に助かった。さまざまな方々にご迷惑をかけたが、何とか乗り越えられたことに心から感謝している。
今日は節分。「鬼は外、福は内」と声を出して、健やかな日々を送っていきたい。
その日は日本体験学習研究所(http://www.jiel.jp/)の仕事で、ある中学校の入学説明会へ伺い、新入生の保護者の方々を対象に、「ラボラトリー方式の体験学習」を用いたファシリテーションを行う予定だった。しかし、前出の緊急事態に陥ってしまい、やむを得ず、一昨年同校で同様のファシリテーションを行った研究員に急遽代わってもらった。その研究員にも大きな負担をかけたと思うが、快く引き受けてくれて本当に助かった。さまざまな方々にご迷惑をかけたが、何とか乗り越えられたことに心から感謝している。
今日は節分。「鬼は外、福は内」と声を出して、健やかな日々を送っていきたい。
2010-02-03 10:09
話、パリ、シャイン
人と話していると、自分の考えが足りなかった点や
見落としていた事実がわかることがある。
それは結構、大事な機会だと思う。
自分ひとりで考えたり、書いたりしているだけだと、
自分の不充分さがわからないから、
考えが新たなフェーズに展開することも、自分の成長もあまりない。
人と話すことは、いろんな展開をもたらしてくれる。
-----------------
「私はレジャーよりも、日常生活のほうが好き」と公言し、
「だから、旅行にもあまり行かない」とよく言っているのだが、
少し前に偶然、パリの街歩きの番組をテレビで見て、
「パリに行ってみたい」と思うようになった。
振り返ってみれば、フランス語の講座に通ったこともあったし、
「クレモンティーヌのフランス案内」なんて本も持っていたりする(時代がわかる・・・)。
しかし、いろんな出来事や関心の変化に押されて、フランスには行かないまま、今に至る。
ホントに行ってみるなら、今だなと思う。
-----------------
シャインの「プロセス・コンサルテーション」をやっと、やっと読み始めた。
そうしたら、「えーっ」と思うくらい今の自分の関心や考えに
フィットする内容で、読み始めてよかったと思った。
この本を買ったのは4年くらい前だと思うが、
きっと当時読んでも今ほどはピンと来なかった気がする。
タイミングのよいときに、本の中身に出会えてよかった。
見落としていた事実がわかることがある。
それは結構、大事な機会だと思う。
自分ひとりで考えたり、書いたりしているだけだと、
自分の不充分さがわからないから、
考えが新たなフェーズに展開することも、自分の成長もあまりない。
人と話すことは、いろんな展開をもたらしてくれる。
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「私はレジャーよりも、日常生活のほうが好き」と公言し、
「だから、旅行にもあまり行かない」とよく言っているのだが、
少し前に偶然、パリの街歩きの番組をテレビで見て、
「パリに行ってみたい」と思うようになった。
振り返ってみれば、フランス語の講座に通ったこともあったし、
「クレモンティーヌのフランス案内」なんて本も持っていたりする(時代がわかる・・・)。
しかし、いろんな出来事や関心の変化に押されて、フランスには行かないまま、今に至る。
ホントに行ってみるなら、今だなと思う。
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シャインの「プロセス・コンサルテーション」をやっと、やっと読み始めた。
そうしたら、「えーっ」と思うくらい今の自分の関心や考えに
フィットする内容で、読み始めてよかったと思った。
この本を買ったのは4年くらい前だと思うが、
きっと当時読んでも今ほどはピンと来なかった気がする。
タイミングのよいときに、本の中身に出会えてよかった。
2010-01-26 19:31
メンバーシップの点検
昨日はJIEL(日本体験学習研究所)の公開講座「チーム・ファシリテーション」の第2回があった。私はJIELの研究員でもあり、既にJIELのHP(http://www.jiel.jp/)のスタッフブログに、昨日チームのメンバーでもありながら、ファシリテーター役を担った人といっしょに実習に取り組んでみて得た感想を書いた。
しかし、それだけでなく、この講座のスゴイところは自らのメンバーシップについても、大いに考えさせられる点にある。今、ここで改めて思うのは、「私って課題達成への意欲や前に進もうとするモチベーションがやたら高いんだな」ということ。そのために、チームで実習に取り組むと意志決定を適切にしないまま、何となく人を巻き込んで作業を先に進めてしまうことがあるという事実に、昨日出会った。
わかちあいのときに実習中の具体的な出来事を挙げて、「自分もそのほうがいいと思い、そうしてしまったけど、ホントに他の人はそういう進め方に納得していたでしょうか」と私が巻き込んだ人が他のメンバーに問いかけてくれて、やっと私は「あー、あのとき私は突っ走っていたんだ」と気づいた次第・・・。さらには、「実習の内容がよく把握できなくて、チームの進行から取り残された瞬間があった」と素直に言ってくれたメンバーもいて、課題達成に向けて迅速に作業を進めようとするあまり、一部のメンバーを置いてきぼりにしてしまった事実もあったのだと知ることができた。
現実の仕事で、そんなことがあったらチームメンバーの知識や能力を活かしきることができず、人的資源の損失につながる。
この講座では、体験学習の実習に1時間かけて、ふりかえり用紙記入後のわかちあいも、ファシリテーターへのフィードバックを中心に1時間かけて行う。実際にチームに参加してみて、その1時間がいずれもあっという間に過ぎてしまい、最終的にはいつも通り、時間が足らない状態になることがわかったが、日頃、よく行う20分や30分程度の実習や同程度のわかちあいと比べれば、実習中には一人ひとりのメンバーの特徴がかなり現れてくるし、わかちあいでは実習の体験を通じて各自が見聞きしたこと、感じたこと、考えたことが豊富に語られる。そのおかげで、チーム内でファシリテーター役を務めた人だけでなく、メンバー各自も自分のメンバーシップについて点検する貴重な機会になるのである。
コミュニケーションや恊働の基本ではあるが、自分の世界と他者の世界は違うということをチーム活動の前には再認識し、自分がやりたいことやわかったことをちゃんと言葉で説明し、合意を得るように心がけていこう。
しかし、それだけでなく、この講座のスゴイところは自らのメンバーシップについても、大いに考えさせられる点にある。今、ここで改めて思うのは、「私って課題達成への意欲や前に進もうとするモチベーションがやたら高いんだな」ということ。そのために、チームで実習に取り組むと意志決定を適切にしないまま、何となく人を巻き込んで作業を先に進めてしまうことがあるという事実に、昨日出会った。
わかちあいのときに実習中の具体的な出来事を挙げて、「自分もそのほうがいいと思い、そうしてしまったけど、ホントに他の人はそういう進め方に納得していたでしょうか」と私が巻き込んだ人が他のメンバーに問いかけてくれて、やっと私は「あー、あのとき私は突っ走っていたんだ」と気づいた次第・・・。さらには、「実習の内容がよく把握できなくて、チームの進行から取り残された瞬間があった」と素直に言ってくれたメンバーもいて、課題達成に向けて迅速に作業を進めようとするあまり、一部のメンバーを置いてきぼりにしてしまった事実もあったのだと知ることができた。
現実の仕事で、そんなことがあったらチームメンバーの知識や能力を活かしきることができず、人的資源の損失につながる。
この講座では、体験学習の実習に1時間かけて、ふりかえり用紙記入後のわかちあいも、ファシリテーターへのフィードバックを中心に1時間かけて行う。実際にチームに参加してみて、その1時間がいずれもあっという間に過ぎてしまい、最終的にはいつも通り、時間が足らない状態になることがわかったが、日頃、よく行う20分や30分程度の実習や同程度のわかちあいと比べれば、実習中には一人ひとりのメンバーの特徴がかなり現れてくるし、わかちあいでは実習の体験を通じて各自が見聞きしたこと、感じたこと、考えたことが豊富に語られる。そのおかげで、チーム内でファシリテーター役を務めた人だけでなく、メンバー各自も自分のメンバーシップについて点検する貴重な機会になるのである。
コミュニケーションや恊働の基本ではあるが、自分の世界と他者の世界は違うということをチーム活動の前には再認識し、自分がやりたいことやわかったことをちゃんと言葉で説明し、合意を得るように心がけていこう。
2010-01-24 10:08
合意形成と民主的風土
物事を決めるとき、組織やグループの責任者が決めたり、声の大きい人の提案で決まったり、あるいは多数決で決めたりすることが多い。かなり長い間、私は多数決は民主的だと思っていた。
でも、考えてみれば、その場で影響力を持つ人が意見を出せば、それが多数派になっていくのは当然のことであり、そんな状況でもどこか違和感をぬぐい去れず、「私はこう思う」と別の意見を持っている人がいてもおかしくないし、実はそれがグループにとって貴重な資源であることも珍しくないだろう。ところが、多数決というのは、そういう少数派の意見を闇雲に流してしまい、活かさない方法だ。だとしたら、状況を見ることには役立っても、決定の手法としては「インスタント感」が否めない。
「ラボラトリー方式の体験学習」を用いたファシリテーションを本格的に行うようになって、グループの合意形成のための「コンセンサス実習」は、現代人の日常にかなりフィットした状況を構成できる実習だと思うようになった。もちろん、実習内容によっては「何でこんなこと話しあわなきゃいけないの?」と参加者の心理的抵抗を生むものもあるだろうが、参加者の問題意識やプロフィールにあった実習を選べば、日常の仕事と同様に情報収集、思考、意見交換、判断、ブラッシュアップ、そして決定を導く過程を集中的に体験できるからだ。
その過程は、仮に正解のある実習だったとしても、話し合いの過程では誰しも確証があるわけではなく、どれだけお互いの意見を言い合い、聞き合うことができるかが、個々のメンバーの納得感、達成感を左右する。こうした合意形成のダイナミクスを存分に体験できれば、日常でも仕事を進める際に、そうしたダイナミクスを起こしていくようなかかわり方を試みることができる。それが成功すれば、仕事へのモチベーションが上がり、新たな問題意識も生まれてくるだろう。
仕事の場面でも、生活の場面でも、人間の日常には正解のない問題が多い。グループで合意形成のための話し合いをすることは、正解のない問題に対して自分の知識や経験、思考をできる限り言語化する試みであり、同様にグループメンバーの知識、経験、思考を凝縮した意見をできる限り聞いて、その人の立場に立って理解しようとする試みである。そうした試みを実行することは、メンバー各自の資源をフルに活かせるだけでなく、一人ひとりが決定を妥当だと思える状況を生み出すのに役立つ。
昨日、ブラッドフォードやベネによる「感受性訓練」の第2章ラボラトリ法を読んでいて、
「民主主義の見解は、いっさいの集団的判断もしくは取り決めのもつ正しさを最終的に決定する手続きとして、合意による妥当化の手続きを想定している」
という一文(訳文:P47)に出会った。
その一文に大いにインスパイアされて、今は合意形成の意義をますます感じている。
でも、考えてみれば、その場で影響力を持つ人が意見を出せば、それが多数派になっていくのは当然のことであり、そんな状況でもどこか違和感をぬぐい去れず、「私はこう思う」と別の意見を持っている人がいてもおかしくないし、実はそれがグループにとって貴重な資源であることも珍しくないだろう。ところが、多数決というのは、そういう少数派の意見を闇雲に流してしまい、活かさない方法だ。だとしたら、状況を見ることには役立っても、決定の手法としては「インスタント感」が否めない。
「ラボラトリー方式の体験学習」を用いたファシリテーションを本格的に行うようになって、グループの合意形成のための「コンセンサス実習」は、現代人の日常にかなりフィットした状況を構成できる実習だと思うようになった。もちろん、実習内容によっては「何でこんなこと話しあわなきゃいけないの?」と参加者の心理的抵抗を生むものもあるだろうが、参加者の問題意識やプロフィールにあった実習を選べば、日常の仕事と同様に情報収集、思考、意見交換、判断、ブラッシュアップ、そして決定を導く過程を集中的に体験できるからだ。
その過程は、仮に正解のある実習だったとしても、話し合いの過程では誰しも確証があるわけではなく、どれだけお互いの意見を言い合い、聞き合うことができるかが、個々のメンバーの納得感、達成感を左右する。こうした合意形成のダイナミクスを存分に体験できれば、日常でも仕事を進める際に、そうしたダイナミクスを起こしていくようなかかわり方を試みることができる。それが成功すれば、仕事へのモチベーションが上がり、新たな問題意識も生まれてくるだろう。
仕事の場面でも、生活の場面でも、人間の日常には正解のない問題が多い。グループで合意形成のための話し合いをすることは、正解のない問題に対して自分の知識や経験、思考をできる限り言語化する試みであり、同様にグループメンバーの知識、経験、思考を凝縮した意見をできる限り聞いて、その人の立場に立って理解しようとする試みである。そうした試みを実行することは、メンバー各自の資源をフルに活かせるだけでなく、一人ひとりが決定を妥当だと思える状況を生み出すのに役立つ。
昨日、ブラッドフォードやベネによる「感受性訓練」の第2章ラボラトリ法を読んでいて、
「民主主義の見解は、いっさいの集団的判断もしくは取り決めのもつ正しさを最終的に決定する手続きとして、合意による妥当化の手続きを想定している」
という一文(訳文:P47)に出会った。
その一文に大いにインスパイアされて、今は合意形成の意義をますます感じている。
2010-01-21 13:11
事業の活性化に役立つ採用活動
昨日、ある企業に取材に行き、インタビューした取締役の方から意外な話が出てきて驚いた。その会社では、リーマン・ショック前まで新卒の採用活動をほとんど外注していたというのである。
新卒採用のために、どのような広告媒体(就職サイト、合同説明会、紙媒体 etc)を使うかということから、会社説明会をどこで開催し、どのように進めるかといったことまで、すべて丸投げ状態で、何と会社説明会の進行も外注先の担当者が行っていたため、WEB上の人気コンテンツ「みんなの就活日記」に就活中の学生から、「あの会社の説明会の司会者は、別の会社の説明会でも司会をしていたけど、どこの社員なんだろう?」と懸念の書き込みがあったという。そこまで行くと、ちょっと笑ってしまう。
その外注先の代理店は、企業の自律性をどのように考えていたのだろうか?
単に自社の仕事を増やして、売上を達成できればよいと考えていたとしたら、それは大きな間違いだと思う。新卒の採用活動は企業をつくる人材にかかわる重要な仕事であり、そこを軽視して経営が成り立つわけがない。それどころか、その会社の社員の考えや生の声に触れることなく、入社を検討した学生が果たして会社に定着するのかどうか、危ぶまれる。
私は広告制作を中心とした採用支援活動を行っているけれど、それはあくまで支援であり、メインの推進者はクライアントの人事担当である。会社の首脳部と人事担当が、適正な採用人数を設定する過程で、会社の人的資源の状態や過不足がわかるように、「今、求める人材はどんな人物か」「当社の強みや特長を学生にわかる言葉で伝えるとしたら、どう話せばよいか」といった具合に、採用活動に必要な要素を洗い出していけば、会社の現状がかなり明らかになってくる。
仮にそうした要素の洗い出しが自社でできなくても、それこそ外注先との打合せやインタビューを通じて、その会社の社員が自ら考え、言葉にすることができればいい。そういう機会を提供するのが、外注先の仕事ではないか。採用ターゲットである学生にそれらを伝える前に、社員がそれらを改めて認識することは事業と会社の現状把握ができる絶好の機会になる。
さらに、例えば各職種、各部署の有能な社員をリクルーターとして任命し、自社の仕事の魅力を学生に伝える役割を与えれば、社員各自の会社に対する認識が深まり、会社への帰属意識も高まっていく。私は新卒の採用活動は、そうした社員巻き込み型の活動であるべきだと思う。
特に事業活性化のためのコンサルタントを雇う資金を持たない企業が多い不景気の今、採用活動を社員の意識改革のチャンスと捉えて活用していけば、一石二鳥。就職業界の企業・代理店には、不景気の今も新卒採用を行おうとしている健全な企業に、そうした事業活性化のチャンスを提供する意欲を持ってほしい。丸抱えでパッケージプランを提供するより、細やかな支援・働きかけが必要になるだろうが、共に採用活動を推進していく姿勢でビジネスの範囲を広げていくこともできるし、何より本当に役立つ力になれる。
新卒採用のために、どのような広告媒体(就職サイト、合同説明会、紙媒体 etc)を使うかということから、会社説明会をどこで開催し、どのように進めるかといったことまで、すべて丸投げ状態で、何と会社説明会の進行も外注先の担当者が行っていたため、WEB上の人気コンテンツ「みんなの就活日記」に就活中の学生から、「あの会社の説明会の司会者は、別の会社の説明会でも司会をしていたけど、どこの社員なんだろう?」と懸念の書き込みがあったという。そこまで行くと、ちょっと笑ってしまう。
その外注先の代理店は、企業の自律性をどのように考えていたのだろうか?
単に自社の仕事を増やして、売上を達成できればよいと考えていたとしたら、それは大きな間違いだと思う。新卒の採用活動は企業をつくる人材にかかわる重要な仕事であり、そこを軽視して経営が成り立つわけがない。それどころか、その会社の社員の考えや生の声に触れることなく、入社を検討した学生が果たして会社に定着するのかどうか、危ぶまれる。
私は広告制作を中心とした採用支援活動を行っているけれど、それはあくまで支援であり、メインの推進者はクライアントの人事担当である。会社の首脳部と人事担当が、適正な採用人数を設定する過程で、会社の人的資源の状態や過不足がわかるように、「今、求める人材はどんな人物か」「当社の強みや特長を学生にわかる言葉で伝えるとしたら、どう話せばよいか」といった具合に、採用活動に必要な要素を洗い出していけば、会社の現状がかなり明らかになってくる。
仮にそうした要素の洗い出しが自社でできなくても、それこそ外注先との打合せやインタビューを通じて、その会社の社員が自ら考え、言葉にすることができればいい。そういう機会を提供するのが、外注先の仕事ではないか。採用ターゲットである学生にそれらを伝える前に、社員がそれらを改めて認識することは事業と会社の現状把握ができる絶好の機会になる。
さらに、例えば各職種、各部署の有能な社員をリクルーターとして任命し、自社の仕事の魅力を学生に伝える役割を与えれば、社員各自の会社に対する認識が深まり、会社への帰属意識も高まっていく。私は新卒の採用活動は、そうした社員巻き込み型の活動であるべきだと思う。
特に事業活性化のためのコンサルタントを雇う資金を持たない企業が多い不景気の今、採用活動を社員の意識改革のチャンスと捉えて活用していけば、一石二鳥。就職業界の企業・代理店には、不景気の今も新卒採用を行おうとしている健全な企業に、そうした事業活性化のチャンスを提供する意欲を持ってほしい。丸抱えでパッケージプランを提供するより、細やかな支援・働きかけが必要になるだろうが、共に採用活動を推進していく姿勢でビジネスの範囲を広げていくこともできるし、何より本当に役立つ力になれる。
2010-01-19 12:33
技術の進化と人間力の向上
JIELの公開講座として、昨日から始まった星野欣生先生の「チーム・ファシリテーション」でアシスタントを務めている。この講座は、ワークショップや研修のファシリテーターを養成するためのトレーニングではなく、チームの中で1メンバーとして活動しながら、ファシリテーターの役割を果たすことにも挑戦し、その体験から学ぶトレーニングである。つまり、体験学習の実習を通じて、プレイイング・マネージャー的な働きを試してみることができるわけで、何とも実践的な内容だと思う。一般的なリーダーシップ研修等より、ずっと現実に役立ちそうである。
その講座の冒頭で、星野先生は最新のガスレンジの話をした。最新のガスレンジは鍋やフライパン等、あたためるものが上に載っていないと火が点かなかったり、魚焼き用のグリルが温度や時間を設定するだけで、その通り焼き上がる等、あらゆる点で万全の便利性を備えているという。その反面、そういうガスレンジを取り付けると、人が火加減に気をつかったり、料理の知識・経験を活かして考えたり、判断したりすることが少なくなる。今はそんなふうに人間が自ら考えて行動する機会が、昔に比べて減っている。だからこそ、自分で考えることを大切にする必要がある、というのが星野先生の冒頭の話だった。
ガスレンジがそこまで進化しているという情報には驚いたけれど、自動車の最新設備の話はよく耳にする。高級車には自動運転機能がついているから、高速道路での運転がラクであるとか、車庫入れの際にバックの様子をナビ画面で見ることができるから、車庫入れにも焦らなくなったとか。そうした技術の進化は、自動車運転のリスク低減につながる良いことだ。ガスレンジと同様に、個人の注意力や判断力、スキルに100%依存せず、マシンもそれらを分け持っている状態だといえる。
ガスレンジの進化によって火災が減り、調理人口が増えればいいし、クルマの進化によって交通事故が減ればいい。ただ、そうした技術を開発したのは人間なのだから、便利になる技術に依存し放題で、人間が思考力や判断力を失っていったら、それはやはり本末転倒といえよう。
技術が進化し、マシンの使い方や行動の様式が変わるのであれば、人間も自らの思考力、判断力の使い方や行動の様式を変えていく必要があると思う。例えば、今まで人と協力しなければできなかったことが、マシンを使うことで一人でできるようになるとしたら、人とのかかわり方を学ぶ機会が必要になるのは当然だろう。
「『部分最適』ではなく『全体最適』を目指せ」とよく言われるが、技術の進化にともない、人間力向上の機会を増やしていく必要があることは、「全体を見渡す視点」を持てばわかることである。
その講座の冒頭で、星野先生は最新のガスレンジの話をした。最新のガスレンジは鍋やフライパン等、あたためるものが上に載っていないと火が点かなかったり、魚焼き用のグリルが温度や時間を設定するだけで、その通り焼き上がる等、あらゆる点で万全の便利性を備えているという。その反面、そういうガスレンジを取り付けると、人が火加減に気をつかったり、料理の知識・経験を活かして考えたり、判断したりすることが少なくなる。今はそんなふうに人間が自ら考えて行動する機会が、昔に比べて減っている。だからこそ、自分で考えることを大切にする必要がある、というのが星野先生の冒頭の話だった。
ガスレンジがそこまで進化しているという情報には驚いたけれど、自動車の最新設備の話はよく耳にする。高級車には自動運転機能がついているから、高速道路での運転がラクであるとか、車庫入れの際にバックの様子をナビ画面で見ることができるから、車庫入れにも焦らなくなったとか。そうした技術の進化は、自動車運転のリスク低減につながる良いことだ。ガスレンジと同様に、個人の注意力や判断力、スキルに100%依存せず、マシンもそれらを分け持っている状態だといえる。
ガスレンジの進化によって火災が減り、調理人口が増えればいいし、クルマの進化によって交通事故が減ればいい。ただ、そうした技術を開発したのは人間なのだから、便利になる技術に依存し放題で、人間が思考力や判断力を失っていったら、それはやはり本末転倒といえよう。
技術が進化し、マシンの使い方や行動の様式が変わるのであれば、人間も自らの思考力、判断力の使い方や行動の様式を変えていく必要があると思う。例えば、今まで人と協力しなければできなかったことが、マシンを使うことで一人でできるようになるとしたら、人とのかかわり方を学ぶ機会が必要になるのは当然だろう。
「『部分最適』ではなく『全体最適』を目指せ」とよく言われるが、技術の進化にともない、人間力向上の機会を増やしていく必要があることは、「全体を見渡す視点」を持てばわかることである。
2010-01-17 16:55
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