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仕事とどうつきあうか

スティーブ・ジョブズがスタンフォード大学の卒業式で行った伝説のスピーチは、何度見ても、涙ぐまずにはいられない感動のスピーチだ。どうしてあんなにまっすぐに生きられるのだろうと思ったり、どうして自分のありたい姿がブレないのだろうと思ったり。自分と仕事が素直につながっていて、仕事をする自分の日常に、ひとかけらの嘘もなさそうな様子に胸を打たれる。http://www.youtube.com/watch?v=OaMT8fZpEXA&feature=related

私もやりたいことを仕事にしてきたし、今もそうしている。けれど、ジョブズのように無心になる気持ちが、いつもあるわけではない。迷ったり、疲れたりすることもあるし、とにかく締切を守らなければと必死になることもある。

仕事は一つとして以前と同じものはなく、いつも新しい。それなら、もっとワクワクしたっていいし、期待したっていいはず。仕事に夢中になる楽しさを忘れずに、毎日を過ごしていきたい。

星の王子様からの教え

星の王子様(サン・テグジュベリ著)に次のようなフレーズが出てくる。

 船をつくりたいと思ったら、
 人々に木を集めさせ、作業や労働を割り当てるのではなく、
 海の永遠の広さが、いかに素晴らしいかを教えるべきだ。

このフレーズを年末に「チーム経営」さんのメールマガジンで見て、いい言葉だなと思った。やるべきことがいくら明確になっても、それにかかわる人たちは何のためにやるのか、自分自身がそれをやりたいのかどうかがはっきりしなければ、なかなか主体的な行動が始まらず、結果として全体の工程も進んでいかない。

グループ・組織で行う物事の進展には、BeckhardのGRPIモデルのように Goal(目標)、Role(役割)、Procedure(手順)、Interaction(相互関係)が必要だと言われているけれど、まず「これがなければ始まらない」という感じの最重要事項である Goal は、単に何をするのかという具体的な事柄であるだけでなく、それをすることで何が起こり、何のためにその実現を目指すのかという背景(Context)を踏まえた上で初めて Goal になり得るのだと思う。

星の王子様はすてきな表現でそんなことを教えてくれている。

言語化することの大切さ

「あー、そうだな」と共感する理論や考え方、モノの見方があると、そうした視点が自分のなかに入ってくる。すると、自分が体験する出来事の一つひとつをそうした視点で観るようになり、「あー、そうだな」という共感がどんどん深まっていく。

たぶん、そうした共感や自分なりの実感をもっと言語化できるようになることが、今の私には必要だと思う。人の理論や考え方のどこに共感するか、何が自分の問題意識に反応し、どんな視点が自分のなかに芽生えるかは、それこそ個人差がある。それを言語化して伝える努力をすることが、他者の活動や変革のヒントになるかもしれない。

青い海

今日、浜名大橋から見た遠州灘や浜名湖は青かった。何度も通ったことのある道で、もっと黒っぽかったり、緑色っぽく見えるときもあるので、寒いお正月でも「こんなに青いんだ」とうれしくなった。

空を見上げると青空で「そうか」と納得。青い空の色を水面が映して青く見えるんだ、と考えると、海や湖がいかに環境の影響を受けるかが少しわかった気がした。まるで人間みたい。

自然界の影響関係。そして、社会の影響関係。どちらも複雑だ。人間はその一部に過ぎないのに、いろんな解釈をしている。

新しい年のはじまり

2012年、明けましておめでとうございます。

元旦の今日は朝9:05からNHK第二の英語5分間トレーニングをきいてスタート。いつまで続くかわからないが、とりあえず、この英語5分間トレーニングは毎日きき続けられたらいいと思う。

その後、前々から読みたいと思っていたアダム・カヘンの「未来を変えるためにほんとうに必要なこと」を読み始めた。この本は面白い。ちょうど年末に中土井僚さんからU理論の話をきく機会があったので、その内容とも重なって味わい深く、なかなか飛ばして読むことができない。実は、読み始めたら1日で読めるのではないかと思っていたが、そんなことは全くなく、まだまだ時間がかかりそうだ。

穏やかな天候だったので、水野くん(夫)と自転車で大須観音へ初詣にも出かけた。しかし、人出が予想外に多く、長蛇の列で大須観音への参拝は見合わせて、その近所の明王殿へ。こちらは人影まばらだったので、じっくり拝むことができた。

朝はお雑煮、夜はおいしい頂き物の名古屋コーチンのすき焼きと食生活はお正月らしい。けれど、昨年のTV出演以来、忙しい水野くんは今日も工房へ出かけたし、生活スタイルはそれほど普段と変わらない。仕事も、勉強も、結局のところ、毎日の積み重ねが大切だと実感する年初めだ。

栗原はるみさんの「旅のチカラ」を観て

今朝、たまたまリビングのTVで「旅のチカラ」という番組の放送が始まり、少し立って観ていたら、なかなか面白い展開で、ついには膝掛けまでかけてリビングのソファで最後まで観た。

料理研究家の栗原はるみさんがイギリス、ソーホーの「ゴティエ」というレストランで何日間か働かせてもらうという内容だった。ゴティエは30代のオーナーシェフや料理長による新進気鋭のレストランで、それぞれ皆、料理のキャリアを持ってはいるものの、従来のフレンチ等の枠にとらわれず、その時々の素材やファッション等々からインスパイアされながら、料理人が自分の舌を信じて全くクリエイティブな「レシピのない料理」をつくることを信条としている。

私は今まで栗原さんの本を買ったことがなく、彼女がどういう人なのかをよく知らないが、名前はよくきくし、海外でも著名な料理家であることは番組中でも伝えていた。そんな栗原さんが1日目は下ごしらえだけを担当するという具合に、ゴティエで働く人々と変わらないポジションでキッチンに参加した。

番組の前半で、今の自分にとって仕事への迷いを取り払うために「何か」が必要であることを語り、そのめに自らゴティエで働くことを希望した経緯を語っていた栗原さん。その彼女が緊張感あふれるキッチンでの業務に取り組むさまは、決して平坦ではなく、観ているだけで厳しさが伝わってきた。しかし、「緊張してます」「大丈夫かな」と言いながら料理体験を重ね、その日の業務を終えてキッチンから出たときには、それらの体験を「すべて出し切った感じがする」というような言葉とともに、学びの爽快感を表現して肯定した彼女に心打たれた。

料理家の彼女にとって、優れたレシピをつくることは仕事上のミッション。けれど、ゴティエではレシピをもたず、自分の舌を信じてその場のクリエイティビティを活かすのがミッション。同じ料理の仕事でも取り組み方は正反対だ。そこに挑戦する勇気。そして、やり遂げようとするひたむきさ。さらには、そうした体験を肯定し、実際に番組後半では料理のクリエイティビティを発揮してくれた彼女の姿は、素晴らしかった。

栗原はるみさんは64歳だという。こだわりを捨てて新しい世界、新しい考え方のなかで自分の持っているスキルやセンスを試すことの大切さを、「旅のチカラ」という番組を通じて彼女から改めて教わった気がする。今年はたまたま私も今までやってきたやり方では通用しない仕事に出会った。そういう体験を大切にして、謙虚な姿勢で取り組んでいこうと栗原さんを観ていて思った。


流星

もう日付が変わってしまったけれど、昨夜はブルーノートへ手嶌 葵のライブを観に行った。正直なところ、彼女の歌を聴いたことは一度しかなかったのだけれど、それは忘れられないくらい不思議な余韻が残っていて、ブルーノートのライブinfoを見たとき「これはきっと良い」と思い、すぐにチケットをとった。

ライブはギター、ピアノ、ボーカルのトリオでアコースティックだった。最初は「ムーンリバー」、途中で「ローズ」、ラストは「エーデルワイス」と映画の曲が多く、彼女の歌声にピッタリ。言葉を選んでていねいに話す語り口は可愛らしくて、ファンタジックな雰囲気のライブだった。

ただ、意外だったのはアンコールで歌った「流星」。吉田拓郎の曲だ。彼女はCMでこの曲を歌っているらしい。私はかつて遠い昔に、拓郎が篠島でのコンサートで「流星」を歌ったときのことを思い出した。とても良い曲。その曲が、彼女の歌声になるとまた違った味わいで、繊細な、センチメンタルな気分になった。

今、その手嶌 葵の「流星」をもう一度、聴きたくなってYoutubeを観てみた。
物語の世界をつくる彼女の歌声はすてきだと思う。

ただいま

ずいぶん長くブログを書かなかった。タイトル通り「ただいま」という気分だ。
忙しくて書けなかった時期もあれば、TwitterとFacebookでもう充分という時期もあった。
ごく普通の人にとってのメディアが、これほど多様になる時代が来るとは思わなかった、というのが今年の実感の一つである。

ただ、何ヵ月間もブログを書かずに過ごしてみると、その間に起こった出来事の一つひとつがスルーしてしまうようで、少し寂しい。その点が、TwitterやFacebookとブログとの大きな違いだと思う。

【ブログには書かなかったけれど、今年の大切な思い出】
・橋本久仁彦さんたちが徳島県上勝で毎年行っているフリーキャンプ「上勝少年探偵団」に参加。(7月下旬)
・AI(Appreciative Inquiry)を松瀬理保さんから学ぶ。(8月/南山大大学院・夏期集中講義)
・日本体験学習研究所の夏合宿で、AIを用いて組織のこれからをみんなで描く。(8月)
・日本ラボラトリー・トレーナーの会で、山口真人先生の「Tグループとの歩み」についての話をきく。(9月)
・5月から9月まで5回にわたって中小企業合同新入社員研修のファシリテーターをチームで担当。(JIEL研究員として)
・ある大型プレゼン案件に、AIによる組織開発を一つのメニューとして絡めて提案。(10月)
・ラボラトリー方式の体験学習の原点であるTグループを強く印象づけてくれた、山口真人先生が亡くなる。(11月)
・コミュニティユースバンクmomoの木村さんを招いて、組織学習研究所の第2回ライブ開催(11月)
・福島県の磐梯青少年交流の家にて、コミュニケーションセミナー基礎編のファシリテーターを担当。(11月/JIEL研究員として)
・金属工芸作家の夫、水野正美くんがBS日テレの「手わざ恋々 和美巡り ー檀れい 名匠の里紀行」に出演。(取材・撮影8月・10月、放映11月)
・中土井僚さんのU理論の講話をきく。(12月)

今年後半はあっという間に過ぎてしまった。12月の出来事は現在進行形で、いろいろなことが続いている(進んでいる)。再び、このブログを今ここで感じること、思うことを綴る場にしたい。

シェア。共にあること。

 右肩上がりの時代が終り、自然や限りある資源を大切にしながら、持続的な暮らしを考えなければいけない時代になった。そういう時代だからなのか、シェアハウス、シェアオフィスなど、最近「シェア」という言葉をよくきく。

 そんな「シェア」という言葉を意識したのは、雑誌「広告」vol.386の特集が「あなたは何をシェアできる?」だったから。この特集号はとてもタイムリーで面白い。読んでみると、共感することが多く、確かに今は時代の節目にあり、いろんなことが「シェア」の方向で動いていると感じさせられた。

広告 2011年 07月号 [雑誌]

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  • 作者:
  • 出版社/メーカー: 博報堂
  • 発売日: 2011/06/15
  • メディア: 雑誌


 この雑誌を読んで感じたことは、JIEL研究員のブログに書いた、 http://bit.ly/ppKe5c ただし、あまり長くならないように書くため、後半はやや簡略化しすぎたかもしれない。実際、上記のブログに書かなかった思いもいろいろあるので、ここではそうしたことを書く。

 グローバルとローカルについて、いくつか前のエントリーでヘレナさんの「幸せの経済学」をもとにした対談集「いよいよローカルの時代」の読後感とともに書いた。ローカルな産業を軸としたローカルな経済振興、地域の自立といったことは、人々の暮らしに対する思考や産業計画、そして富を先進国に一極集中化するのでなく、世界各地にシェアしようという方向性ともいえる。

 また、たまたま先日、アトリエインカーブの寺尾さんの作品をギャラリーで観て、アトリエインカーブの活動を知った。アトリエインカーブは現在27名のアーティストが属す。作品を観るだけでは、およそ想像もしないことだが、アトリエインカーブは社会福祉施設である。一人ひとりのアーティストは知的障がいをもちながら、アトリエインカーブで創作活動を続けている。

 1つひとつの作品にアートとしての力があり、カタログを観ていると健常者・障がい者といった区別は何ら意識することなく、圧倒的な魅力に惹き込まれる。すると、素朴に「なぜアトリエインカーブには、こんなにすごいアーティストがいるんだろう」という思いが浮かぶ。社会福祉施設としてのアトリエインカーブをリードするクリエイティブ・ディレクター 今中さんの「才能をもつ人は才能を活かして生きていく権利がある」という思想。そして、写真で見ると驚くほど物理的にも恵まれた、今中さんの設計によるアトリエインカーブの建物。さらに、美術系大学出身のスタッフと、アーティストの創造性を育むための支援体制が実によくできている。

 確かに障がい者だからといって、「就労=単純作業」と決めつけるのはおかしい。そう決めつけること自体、健常者による専門的職能・分野の独占であって、もっとオープンに才能のある人すべてが能力を発揮できるようにするのが自然な流れだろう。こうした流れを知るにつれて、これもまた「専門的分野をみんなで分かちもっていこうというシェアの傾向」だと思った。

 自分の場所や資源を確保する「私有」は必要不可欠だけれど、そこに重きをおきすぎると人は閉じて殺伐とし孤独になる。逆に、他者と分かち持つシェア「共有」の輪を広げていくことで、人は自分以外の他者の存在を身近に感じることができ、安心して自分を生きることができるという面もある。そうなると、人の存在も生み出すものも多様性が広がり、物理的にも、精神的にも豊かに生きられる可能性が広がる。

支援の基本は話をきくこと

コミュニティユースバンクmomoが主催した「プロセスマネージャー養成塾」に参加した。
そもそも「プロセスマネージャー」とは、当事者が抱える問題の解決の糸口を共に考え、共に解決までの道のりを歩む支援者のこと。この養成塾は、そうした支援者育成のために支援のスピリットを養い、必要なスキルや望ましいあり方を身につけるための場だった。

「支援者」という言葉は耳なじみのない人にとっては、縁遠い言葉に思えるかもしれない。しかし、人を相手にする仕事の多くは「支援者」と言い換えることも可能ではないだろうか。私が行っている仕事であれば、ファシリテーターは明らかに支援者であるし、ライターも読者の支援者であると同時に、取材対象者やクライアントの支援者でもある。

そういう意味で、この「プロセスマネージャー養成塾」での学びは、応用可能性の幅が広く、すべての基本とも言えることだった。ズバリ、人を支援する基本は「その人の話をきく」ことだという。実際に私たちが当事者感をもって考えられるテーマを設定してインタビューをしてみると、相手の言いたいことを受容し、問いかけることで相手に考えの明確化を図る機会を提供でき、いっしょに言葉の深層を探る試みもできた。わずか数分だったのに、終了時には「何か自分の思いが整理できてスッキリしました」とインタビュー対象者に言われ、逆に自分がインタビューを受ける側になったときも、やっぱり「あ、こういうことだったのか」と思えるような自分自身の思いに対する発見があった。つまり、話をきくことは相手の認識や思いの整理につながり、問題解決や目標達成への第一歩にもなるということである。

さらに、自分なりに何らかの問いを立てて、それに対する答えを3人にインタビューしたときは、得られた各自の回答のポイントを並べたときに、それらから浮かび上がる本質的な回答が見えてきて驚いた。たった3人へのインタビューで、しかも各自5分程度しかきいていなかったのに…。おそらく、どんな人たちが集まり、どのような場の雰囲気になっているか、どんなきき方をするかで、こうした試みの結果は大いに違ってきそうな気はする。しかしながら、話しやすい雰囲気のなかで、各自が本当に思うことを安心して言い合い、きき合える環境さえあれば、こんな驚くようなことも起こり得るのだ。

この養成塾ではいろいろな発見や学びが得られた。
まだまだ印象的だったことはあるが、とりあえず、今はここまで。

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